SNSは見てる。友達もいる。でも、なんか寂しい。
バイトと家の往復。授業はオンライン。人と会話してるはずなのに、なぜか満たされない。
病院に行くほどじゃない。でも元気でもない。
そういう「なんとなくの不調」に、薬じゃない方法でアプローチする考え方があります。
社会的処方(Social Prescribing)といいます。
イギリスで始まって、今では世界中に広がっているこの仕組み。日本でも2020年代に入って、少しずつ注目されるようになってきました。
この記事では、社会的処方とは何か、なぜ必要なのか、そして自分でできることは何かを、わかりやすく解説します。
社会的処方ってなに?
定義
社会的処方は、薬ではなく「社会資源」につなげるという考え方です。
たとえば、こんな感じ。
就活がうまくいかなくて、ずっと家にいる。食欲もないし、夜も眠れない。病院に行ったら、医師から「地域のボランティアグループに参加してみない?」と紹介された。行ってみたら、同じような経験をした人がいて、少しずつ話せるようになった。気づいたら、外に出るのが怖くなくなっていた。
これが社会的処方の一例です。
薬を出す代わりに、人とのつながりや活動を「処方」する。
病院だけでは解決できない問題を、地域のリソースを使ってサポートするアプローチです。
もう少し具体的に
社会的処方で「処方」されるものには、いろいろあります。
- 地域のボランティア活動
- 趣味のサークルやコミュニティ
- 運動プログラム
- 園芸や自然体験
- アートや音楽のワークショップ
- 読書グループ
- 就労支援や相談サービス
ポイントは、その人に合ったものを、専門のスタッフが一緒に探すこと。
「これやりなさい」と押し付けるんじゃなくて、「何があなたにとって大事?」から始める。その人の状況や好みに合わせて、オーダーメイドでつなげていきます。
なぜ社会的処方が必要なのか
孤独は健康リスク
ここで、ちょっとびっくりする研究を紹介します。
2023年、アメリカの公衆衛生局長官ヴィヴェック・マーシー氏が「孤独は公衆衛生上の危機」と宣言しました。
その根拠となったのが、2010年のHolt-Lunstadらによるメタ分析です。この研究では、社会的なつながりが弱い人は、強い人に比べて早死にするリスクが約50%高いことが示されました。
この影響の大きさは、喫煙や肥満、運動不足といった従来の健康リスク要因と同等レベルだとされています。「孤独はタバコ15本分の健康リスク」という表現は、この研究をもとにした比喩的な説明として広まりました。
孤独・孤立は、以下のリスクを高めることがわかっています。
- 心臓病:29%増加
- 脳卒中:32%増加
- 認知症:50%増加
- うつ病・不安障害
「寂しい」という感情は、ただの気持ちの問題じゃない。身体にも確実に影響を与えているんです。
薬だけでは解決できない問題がある
もう一つ、重要な背景があります。
イギリスでは、GPへの相談の約20%は、本来は医療ではなく社会的な問題だと言われています。
孤独、借金、住居の問題、人間関係のストレス……。
こういった問題に対して、医師が薬を出しても根本的な解決にはなりません。「眠れない」という症状があっても、その原因が「毎日一人でいること」だったら、睡眠薬を飲んでも状況は変わらないですよね。
社会的処方は、薬で対処するのではなく、根本的な原因にアプローチしようとする考え方です。
若者の孤独・孤立
「孤独」というと、一人暮らしの高齢者をイメージするかもしれません。
でも実は、若い世代の孤独感も深刻です。
アメリカの調査によると、Z世代は最も孤独を感じている世代。56%が幼少期から孤独を感じていたと回答しています(ベビーブーム世代は24%)。
日本でも同様の傾向があります。NPO法人「あなたのいばしょ」と科学技術振興機構の共同調査(2022年)では、20〜29歳の42.7%が孤独感を抱えているという結果が出ました。これは全年代で最も高い数値です。
SNSでつながっているはずなのに、孤独。オンラインで人と接しているはずなのに、満たされない。
この「つながっているのに孤独」という状態は、現代の若者に特徴的な問題かもしれません。
社会的処方の仕組み
社会的処方は、どのように機能するのでしょうか?
イギリスのNHSモデルを例に、仕組みを説明します。
1. 紹介者(Referrer) GPなどの医療専門職。患者の問題が「医療だけでは解決しない」と判断したときに、社会的処方を紹介します。
2. リンクワーカー(Link Worker) 社会的処方の要となる人。患者と対話し、その人に合った地域の活動やサービスを一緒に探します。イギリスでは2019年以降、NHSの政策として全国に配置が進められています。
3. 地域資源(Community Resources) 実際に患者がつながる先。ボランティア団体、趣味のグループ、運動プログラム、アートワークショップなど、地域にあるさまざまな活動やサービスです。
流れ
1. GPが患者の問題を把握
↓
2. 「社会的な支援が必要」と判断
↓
3. リンクワーカーに紹介
↓
4. リンクワーカーが患者と対話
「何があなたにとって大切?」
「どんなことに興味がある?」
↓
5. 一緒に地域の活動を探す
↓
6. 患者が活動に参加
↓
7. フォローアップ
大事なのは、リンクワーカーが「つなぎ役」になること。
医師は忙しくて、地域の活動を詳しく把握する時間がありません。かといって、患者に「自分で探して」と言っても、なかなか動けない。
リンクワーカーは、医療と地域をつなぐ橋渡し役。患者の話をじっくり聞いて、その人に合った「処方箋」を一緒に作ります。
どんな種類があるのか
社会的処方には、いくつかのタイプがあります。
グリーン処方(Green Prescribing)
自然の中での活動を処方するアプローチ。
- 園芸・ガーデニング
- 森林浴、自然散策
- 公園でのウォーキング
- 農作業体験
イギリスでは「Green Social Prescribing」として、政府が推進するプログラムになっています。
運動処方(Exercise on Prescription)
運動やスポーツを処方するアプローチ。
- ウォーキンググループ
- 水泳、ヨガ
- サイクリングクラブ
- 軽いフィットネス
特定の疾患を持つ人に対して、運動プログラムを「処方」することで、健康改善を目指します。
芸術文化的処方(Arts on Prescription)
アート、音楽、演劇などの文化芸術活動を通じた支援アプローチ。
- 美術館プログラム
- 音楽ワークショップ
- 合唱、バンド活動
- 演劇ワークショップ
- 創作活動
イギリスでは「Arts on Prescription」として実践されていますが、国際的に統一された用語というよりは、社会的処方の中で文化芸術に焦点を当てた取り組みの総称として使われています。
芸術文化的処方については、別の記事で詳しく解説しています。

読書処方(Bibliotherapy)
特定の本を読むことで心理的な効果を期待するアプローチ。
イギリスの「Reading Well」プログラムでは、うつや不安に効果があるとされる本のリストが作られていて、医療者が推奨することがあります。患者は図書館で無料で借りられる仕組みです。
日本では公式な制度として標準化されているわけではありませんが、図書館と医療・福祉の連携は一部の地域で始まっています。
コミュニティ処方
地域活動やボランティアを処方するアプローチ。
- ボランティア活動
- 地域のイベント参加
- 趣味のサークル
- 就労支援
特に孤立している人に対して、人とのつながりを作ることを目的としています。
イギリスでの実践
社会的処方の先進国といえば、イギリスです。どんな取り組みが行われているのか、見てみましょう。
NHSの取り組み
2019年、NHSは「Long Term Plan」の中で、社会的処方を国家戦略として位置づけました。
目標は、2023/24年までに90万人を社会的処方につなげること。そのために、1,000人以上のリンクワーカーを全国の診療所に配置する計画が進められました。
現在、イギリス全土で3,500人以上のリンクワーカーが活動しています。これは、世界で最も大規模な社会的処方への投資です。
効果のエビデンス
社会的処方の効果については、徐々にエビデンスが積み重なっています。
イギリス国立社会的処方アカデミー(NASP)が発表した報告書では、各地域の評価データをまとめています。
- Tameside and Glossopでは、社会的処方を利用した1,751人のGP受診が42%減少
- Kentでは、5,908人の救急外来受診が15〜24%減少
- いくつかの地域で、医療費の削減が報告されている
ただし、エビデンスの質については議論もあります。多くの研究は比較対照群がなく、方法論的な限界があるという指摘も。効果を正確に測定することの難しさは、今後の課題です。
とはいえ、患者の主観的なウェルビーイングが向上しているという報告は多く、社会的処方が「何かしらのポジティブな影響を与えている」ことは確かなようです。
日本での動き
日本でも、孤独・孤立への関心が高まっています。
孤独・孤立対策推進法(2023年)
2023年6月、孤独・孤立対策推進法が成立しました。2024年4月1日に全面施行されています。
この法律は、孤独・孤立対策を国の責務として位置づけ、総合的な施策を推進するためのもの。内閣府に「孤独・孤立対策推進室」が設置されています。
ただし、この法律に「社会的処方」という用語が法的に定義されているわけではありません。あくまで孤独・孤立対策の枠組みを定めた法律であり、イギリスのように「社会的処方」が制度として確立されているわけではないのが現状です。
法律の基本理念には、こんなことが書かれています。
孤独・孤立の状態は人生のあらゆる段階において何人にも生じ得るもの
誰でも、いつでも、孤独・孤立の状態になりうる。だから社会全体で取り組むべき課題だ、という認識です。
まだ発展途上
ただし、イギリスのように「リンクワーカー」が全国に配置されているわけではありません。
日本では、社会福祉協議会や地域包括支援センター、NPOなどが個別に取り組んでいる段階。「社会的処方」という言葉自体、まだ一般にはあまり知られていません。
これからどう広がっていくか、注目したいところです。
自分でできること
ここまで読んで、「でも日本にはリンクワーカーがいないし、どうすればいいの?」と思った人もいるかもしれません。
大丈夫。社会的処方の本質は、つながりを通じて元気になること。
プログラムに参加しなくても、今日から自分でできることはあります。
趣味のコミュニティを探す
好きなことでつながる場所を見つけてみましょう。
- 音楽が好き → ライブハウス、楽器教室、セッション会
- 映画が好き → 上映会、映画サークル
- 本が好き → 読書会、ブックカフェ
- 身体を動かしたい → ランニングクラブ、ヨガ教室
- 何かを作りたい → ワークショップ、クラフト教室
最初は一人で行くのが怖いかもしれません。でも、「好き」でつながるコミュニティは、強制されたつながりとは違います。同じものに興味がある人同士だから、自然と話が弾むことも多いです。
地域の活動に参加してみる
住んでいる地域にも、いろいろな活動があります。
- 地域のお祭りやイベント
- ボランティア活動
- 市民講座
- スポーツサークル
「自分に関係ない」と思っていたものが、意外と居心地よかったりします。まずは一回、顔を出してみるだけでも。
オンラインからリアルへ
SNSでつながっている人と、実際に会ってみるのも一つの方法。
オンラインのつながりが悪いわけじゃありません。でも、対面でのつながりには、オンラインでは得られない何かがある。
研究でも、対面での交流が多い人ほど、孤独感が低いことがわかっています。
「誰かのために」動いてみる
ボランティアや人助けには、独特の効果があります。
誰かの役に立つことで、自分の存在意義を感じられる。感謝されることで、自己肯定感が高まる。
「自分のため」に動けないときでも、「誰かのため」なら動けることがある。それがきっかけで、自分自身も元気になれることがあります。
まとめ
社会的処方は、薬ではなく「つながり」で元気になる仕組みです。
- イギリスで始まり、世界中に広がっている
- 孤独・孤立は健康リスク。喫煙や肥満と同等レベルの影響
- リンクワーカーが医療と地域をつなぐ橋渡し役
- グリーン処方、運動処方、芸術文化的処方など、いろいろな種類がある
- 日本でも孤独・孤立対策推進法が施行され、関心が高まっている
- プログラムがなくても、自分で「つながり」を作ることはできる
「つながり」は、人間にとって食事や睡眠と同じくらい大切なもの。
SNSでつながっているだけじゃ、満たされないこともある。リアルな場所で、リアルな人と、リアルな時間を共有する。それが、心と身体の健康につながっていきます。
BooPicksは、そんな「つながり」のきっかけになりたいと思っています。
映画、音楽、アート、イベント、地域の活動——。
「なんか面白そう」「ちょっと行ってみようかな」
そう思えるものを、これからも紹介していきます。

この記事は編集部が作成しました。
参考文献・エビデンスについては、各研究論文・報告書を参照しています。

