文化的処方ってなに?|社会的処方や芸術文化的処方との違いや日本独自の動き

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はやさ
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映画を観る。美術館に行く。図書館で本を借りる。地域のお祭りに参加する。

こういった文化的な体験が、実は健康やウェルビーイングにつながっている、そんな考え方が広がっています。

文化的処方(Cultural Prescribing)といいます。

「芸術文化的処方(Arts on Prescription)」という言葉を聞いたことがある人もいるかもしれません。文化的処方は、それよりもさらに広い概念。アートや音楽だけでなく、文化全般を健康支援の手段として捉えます。

この記事では、文化的処方とは何か、他の概念との違い、そしてどんな活動が含まれるのかを解説します。

目次

文化的処方とは

定義

文化的処方は、文化的な体験や活動を通じて、健康やウェルビーイングを支援するアプローチです。

ここでいう文化には、幅広いものが含まれます。

  • 美術館、博物館、ギャラリー
  • 図書館
  • 音楽、演劇、ダンス
  • 映画、文学
  • 文化遺産、歴史的建造物
  • 地域の祭りや伝統行事
  • 食文化
  • 自然・緑地空間

つまり、アートや芸術だけでなく、私たちの生活を形作る文化的な営み全般が対象になります。

「文化」の広い捉え方

イギリスのある研究では、文化を次のように定義しています。

クリエイティブ産業、デジタル産業、遺産、食、ホスピタリティ、自然、緑地、スポーツを含む。コレクション、複合芸術、ダンス、図書館、文学、博物館、音楽、演劇、視覚芸術などの芸術形式や組織に関連する活動を含む。

かなり広いですよね。

この広さが、文化的処方の特徴です。アートや「 芸術という枠を超えて、人々の暮らしに根ざした文化的な体験を健康支援に活用しようとしています。

関連する概念との違い

文化的処方と似た言葉がいくつかあります。整理しておきましょう。

社会的処方(Social Prescribing)

薬ではなく、社会資源につなげる仕組み。

医師やリンクワーカーが、患者を地域の活動やサービスに紹介します。文化的処方は、社会的処方の一部として位置づけられることが多いです。

芸術文化的処方(Arts on Prescription)

アートや音楽など、芸術に特化したアプローチ。

美術館プログラム、音楽ワークショップ、合唱グループなど。文化的処方の中で、芸術分野に焦点を当てたものです。

クリエイティブヘルス(Creative Health)

日常の創造性を通じた健康支援。

料理、手芸、DIYなど、日常の中の「つくる」行為も含む広い概念です。制度に頼らず、個人でも実践できます。

整理すると

概念範囲特徴
社会的処方社会資源全般制度・仕組み
文化的処方文化全般(芸術、遺産、食、自然など)社会的処方の中の文化に特化した領域
芸術文化的処方アート・音楽・演劇など文化的処方の中の芸術に特化した領域
クリエイティブヘルス日常の創造性を含む制度に頼らない広い概念

文化的処方は、芸術文化的処方よりも広く、社会的処方の文化的な側面を担うという位置づけです。

具体的にどんな活動があるのか

文化的処方に含まれる活動の例を紹介します。

ミュージアム処方(Museums on Prescription)

美術館や博物館での活動を処方するアプローチ。

イギリスでは、UCL(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)が2014〜2017年に「Museums on Prescription」というプロジェクトを実施しました。

孤立した高齢者を美術館につなぎ、10週間のプログラムを提供。コレクションを見たり、ハンドリング(収蔵品に触れる)をしたり、創作活動をしたり。

結果として、参加者の社会的孤立感が軽減し、ウェルビーイングが向上したと報告されています。

美術館という治癒的な空間(therapeutic landscape)で、学びや創作、人とのつながりを体験する。これがミュージアム処方の考え方です。

図書館処方(Library Prescription)

図書館を健康支援の場として活用するアプローチ。

イギリスの「Reading Well」プログラムでは、うつ病や不安に関する本のリストが作成され、医療者が患者に勧めることができます。患者は図書館で無料で借りられます。

図書館は、本を借りるだけでなく、読書グループや講座、居場所としての機能も持っています。こうした活動への参加も、文化的処方の一部になりえます。

遺産・歴史(Heritage)

文化遺産や歴史的建造物を活用したアプローチ。

地域の歴史を学ぶ、古い建物を訪れる、伝統工芸を体験する。こうした活動も文化的処方に含まれます。

自分のルーツや地域の歴史に触れることで、アイデンティティや帰属意識が強まることがあります。

自然・緑地(Nature and Greenspaces)

自然環境を活用したアプローチ。

公園、庭園、森林など。「グリーン処方(Green Prescribing)」とも呼ばれます。

文化的処方の文脈では、単なる自然体験だけでなく、庭園での芸術活動や、自然をテーマにした創作など、文化と自然を組み合わせたプログラムも含まれます。

食文化(Food Culture)

食を通じた健康支援。

料理教室、地域の食文化を学ぶプログラム、一緒に食事をする場など。

食べることは、栄養摂取だけでなく、社会的なつながりや文化的な体験でもあります。孤食(一人で食べること)が孤独感と関連することを考えると、一緒に食べるという体験の価値は大きいです。

地域の祭りや伝統行事

地域コミュニティに根ざした活動。

祭り、行事、伝統芸能——こうした活動への参加も、文化的処方の一部になりえます。

特に、地域への帰属意識や社会的なつながりを強める効果が期待できます。

なぜ「文化」が健康に効くのか

文化的な体験が健康につながる理由は、いくつかあります。

社会的つながり

文化的な活動は、多くの場合、人とのつながりを伴います。

美術館のプログラムに参加する。読書グループで感想を共有する。祭りで地域の人と交流する。

こうした「つながり」が、孤立や孤独を防ぎ、ウェルビーイングを高めます。

学びと成長

新しいことを学ぶ、スキルを身につける、知識を深める。これらは自己効力感や達成感につながります。

文化的な活動は、そうした「学び」の機会を提供してくれます。

意味と目的

文化的な活動に参加することで、生活に構造やリズムが生まれます。

「毎週水曜日は美術館のプログラム」「月に一度は読書会」

こうした予定があることで、日常に意味や目的を感じられるようになります。

創造性と表現

文化的な活動の多くには、創造的な要素があります。

絵を描く、物語を書く、音楽を演奏する。こうした表現活動は、感情の処理やストレスの軽減に役立つ可能性があります。

「治癒的な空間」

美術館、図書館、庭園。こうした場所には、「治癒的な空間(therapeutic landscape)」としての側面があります。

日常から離れた静かな環境で、美しいものに触れる。それ自体が、心身のリフレッシュにつながることがあります。

日本での独自展開

東京藝術大学を中心とした「文化的処方」の展開

日本では、東京藝術大学を中心に、文化的処方の研究と実践が独自の発展を見せています。

2023年、東京藝術大学を中核とする「共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点」が、科学技術振興機構(JST)のCOI-NEXT本格型に採択されました。大学、美術館、医療・福祉機関、企業、自治体など約40機関が参画する、10年間の大型プロジェクトです。

プロジェクトリーダーは伊藤達矢教授。東京藝術大学学長の日比野克彦氏は、「アートは生きる力」を掲げ、芸術による社会課題の解決を大学の柱として推進しています。

日本独自の定義

この拠点では、文化的処方を次のように定義しています。

個々人が抱える諸課題や社会との関係性、地域の文化芸術資源や場所の特性などを踏まえ、アート活動と医療・福祉・テクノロジーを組み合わせ、その人がその人らしくいられるレジリエントな場所やクリエイティブな体験を創り出す手法・方法・システム

イギリスの社会的処方をベースにしながらも、「その人らしくいられる居場所」「こころの豊かさ」を重視した、日本独自のアプローチが特徴です。

「文化リンクワーカー」の育成

イギリスの社会的処方ではリンクワーカーが患者と地域資源をつなぐ役割を担います。

日本の文化的処方では、これに相当する「文化リンクワーカー」という人材を独自に定義し、育成を進めています。

文化リンクワーカーは、その人の関心や好きな活動をよく聞き、地域の文化資源とつなぐ「つなぎ手」。医療や福祉の知識だけでなく、アートやコミュニケーションの視点を持った人材です。

「こころの産業」という構想

東京藝術大学は、文化的処方を「こころの産業」として社会実装することを目指しています。

超高齢社会における孤独・孤立という課題に対して、アートを通じたコミュニケーションで居場所と出番を創り出す。個人のウェルビーイングだけでなく、地域社会の寛容性や包摂性を高めることも視野に入れています。

これは、イギリスの制度的な社会的処方とは異なる、日本発の独自モデルといえるかもしれません。

東京藝術大学「ART共創拠点」

東京藝術大学を拠点とする共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点(ART共創拠点)では、文化的処方の研究と実践が進められています。

国立アートリサーチセンターが発行したガイドブック『文化的処方のはじめの一歩』では、文化的処方を次のように定義しています。

健康や幸福によい影響を与えるアートや文化活動、そしてそれらを活かした社会的な取り組み

美術館、病院、市民団体、大学、個人店など、さまざまな場所での実践事例が紹介されています。

各地での実践

川崎市、取手市、浦安市、名張市、愛媛県、熊本市など、全国各地で文化的処方の実践が始まっています。

美術館でのワークショップ、病院での文化活動、地域のアートプロジェクトなど、形態はさまざまです。

まだ発展途上

ただし、イギリスのように「文化的処方」が制度として確立されているわけではありません。

社会的処方や孤独・孤立対策の文脈で、文化活動の価値が認識され始めている段階です。今後、どのように広がっていくかに注目です。

自分でできること

文化的処方のプログラムに参加できなくても、自分で文化的な体験を生活に取り入れることは今日からできます。

美術館や博物館に行ってみる

地域の美術館、博物館、ギャラリー。入館料が無料の日や、常設展だけなら数百円で入れるところも多いです。

観なきゃいけないと気負わずに、ふらっと立ち寄るだけでも、日常とは違う空間を体験できます。

図書館を活用する

本を借りるだけでなく、図書館という空間で過ごすこと自体に価値があります。

読書会やイベントに参加してみるのもいいかもしれません。

地域の行事に参加する

祭り、イベント、伝統行事。地域で何が行われているか、調べてみましょう。

自分には関係ないと思っていたものが、意外と居心地よかったりします。

食文化を楽しむ

誰かと一緒に食事をする。地域の食材を使って料理する。食文化について学ぶ。

食べることを文化的な体験として捉え直してみてください。

自然の中で過ごす

公園、庭園、森林。自然の中で過ごす時間を意識的に作ってみましょう。

できれば、スマホを見ずに、周りの風景や音に意識を向けてみてください。

まとめ

文化的処方は、文化的な体験や活動を通じて、健康やウェルビーイングを支援するアプローチです。

  • 芸術だけでなく、遺産、図書館、食文化、自然、地域の行事など、文化全般が対象
  • 社会的処方の一部として位置づけられることが多い
  • イギリスでは「ミュージアム処方」など、具体的なプログラムが実践されている
  • 日本でも東京藝術大学などを中心に、研究と実践が始まっている
  • プログラムに参加しなくても、自分で文化的な体験を生活に取り入れることはできる

文化は、特別な日だけのものじゃない。

日常の中に文化的な体験を入れていくことで、生活が少し豊かになり、健康やウェルビーイングにもつながっていく。

BooPicksの「文化薬局」は、そんな考え方をベースにしています。

映画、音楽、アート、イベント。あなたのバイブスに合った文化的な体験を、これからも紹介していきます。

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